旅の最後に待ち受けていた試練

下地イサム

旅の最後に待ち受けていた試練

この物語の主な登場人物は、私とエンジニアの上江洲氏です。旅を共にした六人衆のうち、二人はリヴァプールから先に日本に帰りました。マネージャーの大城とテイチクレコードの前田氏です。グラナダに滞在した4人衆のうち、カチンバ太郎とスーパーバイザーの萬徳氏は、最終日のマドリード経由までは一緒でしたが、そこから別ルート(アムステルダム経由)で帰ることになっていました。 私と上江洲氏の、これはロンドン経由で日本に帰るルートの中で起こった出来事です。 話の内容はすべて事実です。


その日は朝から雲ひとつ無い日本晴れ、いや、グラナダ晴れのすばらしい天気に恵まれていた。
「もう少し滞在してもよかったなぁ」
「そうですね」
「いい旅だったよ」
空港行きのバスの中で、4人は楽しかったこの旅の終わりを惜しむように、そんな会話をしていた。
振り返ってみれば、確かに何のトラブルもなくここまで何とかなってきたもんだなぁ。ロンドンに始まってリヴァプール、そしてここスペインのグラナダまで、結構な移動と、異国の地4ヶ所でのライブスケジュールがあったにもかかわらず、スムーズすぎるほどスムーズに事が運んできたような気がする。遠ざかるグラナダの街の景色を目に焼き付けながら僕は、言葉にできない満足感に浸っていた。
このグラナダに来てから抱いていた、たった一つの不安を残しては。
その不安がこのあと見事に適中しようとは、この時はまったく思いもしなかった。

「勇たちの帰りのルートだけ、マドリードでのトランジット時間が短くないか?」
それはマドリードからここグラナダに向かう途中、40分遅れの飛行機に乗り込もうとする搭乗ゲートで、萬徳さんが口にした一言だった。僕は慌ててフライトスケジュールに目をやった。確かに萬徳さんたちの乗り継ぎ時間はたっぷり3時間もあるのに、僕と上江洲さんのルートは1時間しかない。しかもこのように、特に謝る様子もなく当たり前のように飛行機が40分も遅れている状況を見れば、尚更不安が増してくる。
何となく焦りを覚えながら僕は、
「そうですね。もう一度旅行会社に確認してみます」と言った。
そして早速、グラナダ滞在先の宿から旅行会社の担当者宛てにメールを送った。

「航空会社は大丈夫だと言っています」
という返事が、その担当者から素早く返ってきた。基本的には時間通り飛んでいますし、万一遅れても待ってくれるそうです、と書いてある。
(よかった、それなら安心だ。余計な心配をしたな。)
そう思いながら僕は、安心しきってグラナダの旅を満喫できたものの、しかし、いざこうしてバスが空港に近づいてくると、何となく一抹の不安がよぎるのだった。

空港に到着して食事を取った。
早め早めの行動が、どこに行っても僕らにたっぷりと時間の余裕をもたらしてくれた。ふと見ると、萬徳さんと太郎は何やら楽しそうに笑顔で会話している。トランジットの心配が何もない彼らにとっては、空港の中でさえまだ終わらない旅の途中とでもいうように、観光さながらあちこちを見物して回っている。トランジットの時間というたった一つの違いが、くっきり明暗を分けているかのように、上江洲さんと僕はその場からじっと動かずにいる。この問題が解決するまでは何もほしがりませんというように。
(グラナダから時間通り飛んでくれさえすれば全てはOKだ。何てことはないさ)
自分に言い聞かせるようにして搭乗ゲートに入った。
搭乗1時間前。
目の前には僕らが乗り込む航空会社と同じロゴの入った飛行機が横向きに止まっている。
この時点で飛行機がいるってことは、大丈夫そうだな。
搭乗20分前。
スペイン語と英語でまくし立てるようにアナウンスが流れ、一気に長い行列ができた。
(遅れるどころか見事に時間通りじゃないか)
列が動き出す。人々が中へと入っていく。
石垣空港のように、人々は階段を下りて外に出ると、歩いて飛行機に近づいていく。
言葉が通じない僕ら4人も何となくフィーリングで列に加わる。どんどん前に進んでいく。

「あれ?あれれれ?」
そのとき太郎が言った。

「便名が違ってない?」

「ホントだ。どういうこと?」

と萬徳さんが言う。

「僕らの搭乗口は隣みたいだよ」
太郎が言った。

「えーっ、まさかっ」

「でも飛行機がほかに見当たらないけど」
辺りを見渡しながらまた太郎が言う。

この飛行機をおいて他にないという変な自信からか、便名や行き先などを特に気にも留めずに列に加わっていた僕らは、愕然と肩を落としてしまった。

飛行機がいない?

「マジ...?」

終わったかも。

つづく