おかげさまで

下地イサム

おかげさまで

おかげさまで順調です。いろいろと。
この「おかげさまで」という言葉って面白いですね。
形式的、儀礼的、社交辞令的と言われれば、
確かにそうなのかもしれませんけど、
何となく世の中全体というか、
万物に対する感謝の念が含まれている感じがしていいですね。
初めて会った人に対しても、
「元気でご活躍ですね」などと言われると、
「おかげさまで。ありがとうございます」という風に返事をしたりします。
もちろん意識としては、この人がもしかしたら僕のCDを聴いてくれている
のかもしれないという、直截的な「ご愛顧に感謝」のような意味もありますけど、
もっと広い意味を持って使っているような感覚がありますね。
最近特にそれを感じます。

熊本で地震に遭遇した時に、スーパーやコンビニの棚からあっという間に
水や食料品が消えてしまったのを見て思いました。
「買えるお金は持っているのに...何も買えない」と。
たとえばスーパーで小松菜一つ買うにしても、そこには目には見えないけれど、
その小松菜を栽培してくれた人、トラックで運んでくれた人、棚に並べてくれた人、
たくさんの人たちの働きがあって、そのおかげで買えるのだと。
しかも世の中が戦争や災害もなく、平和で順調に回っていなければ、
すべての人たちが自分の働きができなくなってしまって、
その結果、僕がスーパーで小松菜を買うことができなくなってしまう。
つまりは、世の中が滞らずに回ってくれていることへの
感謝の気持ちでもあるのではないかと。

「元気そうですね」
「おかげさまで」
何気ない、通り一遍の挨拶のようですけど、
相手によっては直截的な意味も含みながら、
世の中のあらゆるものにも感謝をする。
その言い回しの持つ世界観が凄いなと思いました。
それは世の万人が持っている観念なのかもしれませんけど、
何気ない挨拶の中に含まれるというのは、もしかしたら日本だけ?
あ、いや詳しいことはわかりませんが(笑)、
深く考えなくても、さりげなく感じることができる、
それでいて深くていい言葉だなと思いました。

お陰様で、今日の晩ご飯は小松菜の御浸しで御座います。
(その使い方はおかしいか・笑)