後悔ランキング

下地イサム

後悔ランキング

あれもやっておけばよかった、これもやっておけばよかったと、自分の人生をふり返ってプチ後悔から最大レベルの後悔まで寄せ集めてみたら、膨大な数になりました。ああ、部屋に一人でいるとこんな風にどうしようもない(というかどうでもいい)事をそこはかとなく考えてしまうのです。
そこで、そんなものを見ても誰も喜びはしないと思いますが、僕の後悔ランキングベスト3(それはベストなのか?)を発表したいと思います。

第3位 ピアノ教室に通っておけばよかったー
西田敏行ではありませんが、もしもピアノが弾けたらどんなに良かっただろうと思うのです。ことあるごとに。しかし、ま、それはもう諦めの境地に入っているので致し方のないこととして、どうしても諦めきれない後悔の念に苛まれるのが「音符」です。あの「オタマジャクシ」です。ああ、幼い頃に身体に染み込ませておけばよかったなーと思って思って、もう思い過ぎて疲れました(笑)。三つ子の魂とやらで、やはり習得する時期の若さというのはありますね。「何言ってるの、今からでも決して遅くないわよ」と美人なピアノの先生に叱られてみたーい。あ、いや、そうじゃなくて、40歳を過ぎた今、必要に駆られて楽譜を書こうとする時、おたまじゃくしが見えません。五線の隙間、何本目と何本目の線の間にあるのか、一本ずつゆっくり上から(または下から)順番に数えているという有り様です。やはりそれをやり始めるのに適齢期があるというのは否めない気がします。でもがんばります。速度は各駅停車並みですが、止まりながら停車しながら、それでもしっかりと終着駅に向かって進んで行きますよ。

第2位 英語をもっと勉強しておけばよかったー
20歳の頃、僕は順調にいけばアメリカの大学に通っているはずでした。
挫折は己が招く!努力をしない者には望み通りの人生が訪れることはありませんでした。まったくもって当然のことです。ただ、それから立ち直ってもう一度奮起しておけば良かったなと思うのです。40歳になるまで英語を遠ざけて生きて来ましたが、海外に何度か足を運ぶようになって初めて、500万トン級の重さの後悔がのしかかってきました。必要に迫られるってどうして今までなかったのでしょう。海外でライブをするという経験があったお陰で、僕の人生が再び英語に向かって歩き始めました。とても有り難いことです。それがなかったら一生英語を勉強しようとは思わなかったでしょうね。そう考えると回り道はしたけれど、音楽の世界に入って良かったなーと思う今日この頃です。って、これ後悔かぁー?ちょっといい話じゃないかー。

第1位 ギターをもっと弾いておけばよかったー
ギターを初めて弾いたのは中学2年生の時です。アコギが大好きで、毎日部屋にこもって弾いていました。しかし飽きっぽい性格の僕は、高校に入るとたまにしか弾かなくなり、高校を卒業してからは全く弾かなくなりました。入り口の扉を開けて素敵な部屋を見てしまった僕は、その部屋のソファーに腰を下ろすと、あまりの居心地の良さに、もうどこへも動きたくありませんでした。その部屋をさらに先へと歩いて行くとまた別の扉があって、その扉の先にはもっと素晴らしい世界が広がっていたのに...
僕は最初の部屋に飽きると、その家の敷地から出てしまいました。30歳を過ぎて再びその家を訪れることになり、あの時僕がいた部屋をゆっくり歩いて行くと奥に隣の部屋の扉があることに気付きました。その部屋に入ると、今まで見たことのなかった素晴らしい世界が広がっていました。そして長い時間をかけて先へと歩いて行くと、また奥に新しい扉があるのです。その扉を開け、さらに次の扉を開け、という風に次から次へと広がっていく素晴らしいギターのお部屋に入って行くことになったのです。40歳を過ぎた今、ずっと扉を開け続けている僕は、宇宙規模のマトリョーシカの中にいます。あの時少年はどうして二つ目の扉を開けなかったのか、何度ふり返っても必ずそこには後悔という名の山が立ちはだかるのです。もう一度あの頃に戻れるなら必ず二つ目の扉を開けることを約束します神様。しかしもう戻れないのでしょう。ならば山を登るしかないですね。ゆっくりとした速度ですが、今登っています。間違いなく上に登っている感覚はあるのですが、頂上はまったく見えません。今1.2合目ぐらいでしょうか。(ひくっ!)あの頃きっと弾いていたに違いないフレーズを、一つひとつ弾きこなしながら、その山を登って克服していきます。
それは苦行の山登りのようでいて決してそうではない、まるで遠足のように楽しくてたまらない山登りです。

後悔転じて福となさなければ、
あまりに多すぎてとてもやっていられません(笑)。