下地イサム

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やっと生き返った

 気がついたらもうお正月三が日も過ぎ、

朝はいつも通り、出勤の車やバイクの音、どこかで建築中の重機の音、

ごみ収集車から流れる「エリーゼのために」、空にはオスプレイの轟音。

沖縄の日常に戻ってきた、街の喧騒です。

(正月も終わったかぁ)

 さて、僕は今日やっとのことでインフルエンザによる高熱から解放され、

安堵感と半ば放心したような状態でこのブログを書いているところです(笑)。

いやー、しんどかったー。

40歳を過ぎて久々の40度越え。

これはヤバかったです。

老眼で見る幻覚...

おそろしくぼやけた世界。

そしてあれは幻聴か。

遠くから何度も聞こえてくる同じフレーズ。

ハ・ツ・タ・マ・ゲ・タ

 

「よりによって元旦からかい」

身内からたくさんのツッコミをちょうだいしました。

返す言葉もございません。

いちいちブログに書くことでもないとは思ったのですが、

皆さんにも予防対策などしっかりやっていただきたいと思ったものですから。

手洗い、うがい、できれば予防接種まで。これでパーフェクトだと思います。

僕ともあろう人間、その辺の基本中の基本こそ、

何をおいても最優先に実行していなければならない職業柄でありながら、

このような失態、まことに痛恨の極みであります。

今年の初反省事項になりました。

 

 「縁起」ということでいうと、

元旦から高熱を発して三日間寝込んでしまうような一年の始まりを、

僕自身どのように受け止めたらいいのか判りません。

縁起が悪すぎる、最悪だといえばもうそれ以外には何もないような気もします。

なので、いや、だからこそ、

僕に残された道というのは、ネガティブ思考をすべてシャットアウトし、

完全に気持ちを前向きに切り替えること、それ以外にありません。

つまりはそういう風に、

前向きな気持ちで突き進む一年でありなさい!

ということなのでしょう、きっと。

「いや~、本当によかったなぁ。仕事の入っていないお正月で」

「これだけ幸先悪いスタートならば、もうあとは一段ずつ階段を上っていくだけよ」

フフッ。

 

 さぁ、何はともあれ健康な皆さん、

お元気そうで何よりです。誰が何と言おうと健康が一番ですから!

ちょっとした不注意で、僕みたいに寝込んでしまうことのないようにね。

キヲツケナハレヤー。

海へ市場へ

外は暑かったー。

久しぶりの外出で目が開けられない!(笑)。

どれだけ暗闇の中にいたのかよ。て、

そうでもないんですけど。

薄暗い中にいたのは確かです。

外は快晴ってわけでもないのに、眩しかったー。

近くの海を見て、糸満まで車を走らせて「道の駅」に行ってきました。

糸満だけあって、海産物がすごかったね!

色とりどりの魚たち。

ということで今日は刺身を食べることにします。

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東京に住んでいました

先日、7年ぶりに首都圏に大雪が降ったというニュースを見て、

大都会の積雪は大変だなぁと、

あの頃を思い出しながら感じていました。

僕が東京の専門学校に入学するために上京した25年前です。

確か1988年の春でした

4月だというのに、関東に歴史的と言われる大雪が降っていました。

東急東横線沿線の学生寮から最寄の駅まで、

僕はカメにも負けないぐらいののろさで歩く羽目になってしまいました。

凍結した歩道と、宮古島で買ってきたばかりの革靴との相性が、

史上最悪だったのです。ベストミスマッチ。(そんな言葉ある?)

新品の革靴はまるでスケートシューズでした。

 

寮を出る直前までは、僕の胸は高らかに躍っていました。

都会での新生活がスタートした嬉しさと、

生まれて初めて見る生の雪景色への感動とで、

今すぐにでもスキップしたい気持ちでいっぱいだったのです。

しかしスキップはそのあとスリップへと予定変更になりました。

スリップ、転倒、スリップ、転倒、リピート  アフター ミー。

僕は生まれてからただの一度も、

こんなに滑る場所に身をおいた経験がありませんでした。

オウ マイ ステップ!

宮古島で生まれてからその日まで、

歩くためには一度も使ったことのない筋肉を使いました。

歩くというだけのために、これほどまで慎重に着地点を気にしたこともありません。

歩きとはバランス、前に進むとは集中力だということを学びました。

内地の冬の厳しさを身を持って知らされた、数え年19の春です。

 

そしてやっとのことで辿り着いた駅のホーム。

電車は僕が想像していた乗り物とはまったく違うものに見えました。

天井部分にすき間がある以外は、すべて人で埋め尽くされていました。

僕は乗客ですし詰めになった車両に乗り込む勇気がなくて、

次の電車、また次の電車、またまた次の電車と、何本もやり過ごしたのですが、

いっこうに満員ではない電車が来ないので、

遅刻への焦りもどんどん募ってきて、ついに覚悟を決めたのです。

島で魚の群れを追い込んでいたときよりも猛然と、

必死の形相で人混みの車両へと押し入って行きました。

旧知の間柄でさえめったに肌になど触れないというのに、

赤の他人の肌にこんなにも密着していいのかと、

かぞえ年19の僕は戸惑っていました。

電車が駅に止まるたびに、乗客の波に押されたり戻されたりして、

まったく抵抗できない自分にショックを受けながら、

あとはもう持っている鞄が手から離れていかないように、

指先に力を込めることぐらいしかできませんでした。

今日受けたショックは、明日にはもうショックではなくなっているのかと思うと、

それがまたショックでした。

 

肌をくっ付け合っている大勢の乗客たちは、

こんなにも息苦しい人混みの中に身をおきながら、

自分の中にあるやる気や生き甲斐みたいなものと、

外の世界にある何かしら気力を削ぎ落とすようなものとの狭間で、

もがきながら毎日を生きているのかなという気がしました。

上京してきたことを頭の中では理解しているつもりでしたが、

島にはもういないということ、東京に住んでいるということを、

身体の方が遅れて今やっとそれを受け入れたのだと感じました。

都会の厳しさを肌で感じた瞬間です。

そう、肌で。