ISAM’S BLOG

下地イサム

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もう来年の話

今日は収録の日でした。
現場のスタジオに行くと、もう来年の話をしていました。
いったい今は何月?ああ、もう10月も終わりなのね。それはそれは、来年の話にもなりますね。再来年の話にならないだけマシだと思うことにしよう。
そろそろ新しい手帳を買う時期かな。いはやは、それにしても速いこと。

この2ヶ月間は「スナック母子手帳」は過去のアーカイブスの中から選んで流しています。10年もやっているので、初期の頃はやっぱり声が若いなー(笑)。時の流れを自覚させられます。
果たして僕らが還暦を迎えるまでこの番組は続くのだろうか。続けるという意志がないとね。何事も。健康と継続、この二つは切っても切れない関係ですね。肝に命じて、続く限りはがんばりたいと思います!いえ、健康である限りは続けたいと思います。あれ?どっちたろう。とにかくがんばります!(笑)

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明日書きます!

いやー、今日は朝からなにかとバタバタ動いていました。忙しいことはいいことだと誰かが言っていますが、とりあえず明日書きます。タイトルの通りですみません(笑)。
それにしても文章を書くというのは面白いですね。夢中になってあっという間に飽きるほど長い文章を書ける時もあるかと思うと、たった5行に2時間も費やして、結局身になるものは何も書けた気がしないという時もあるのです。この違いは何なのでしょう?それがわからないから面白くもあります。生きているってことなんでしょうか?
やっぱり明日書きます!

もっと出来ることが…

自分にはもっと他に出来ることがあるかもしれない、と思う瞬間が訪れるのは、二つの相反する心境の時ではないかと思う。充たされない日常の中でやりたくないことをずっとやってしまっている時、もっと他に出来ることがあるんじゃないだろうか、と思ってしまう。
逆に今一番やりたいことが叶っていて、そんな自分に少しずつ自信が持てるようになっている時も、もっと他にも出来ることがあるんじゃないかと、前向きな気持ちがそう思わせてくれる。まるで真逆な心境なのに、あるところに向かおうとしているという意味においては双方とも原動力となるエンジンを積んでいる。どっちのエンジンで始動したとしても、止まりたくないという意志、何かに向かって進んでいたいという気持ちは共通しているのかもしれない。落ち込みすぎてもう何もやりたくないと思ってしまったら、そこで止まってしまうし、絶頂の時に調子に乗っていたら、自分が停滞していることにさえ気づかなかったりする。ただ、心境という燃料で動くそのエンジンは、もしかしたら異なる性質のものなのかもしれない。かたや静かに穏やかに走る代物、もう一方はうるさくてスピードもそれなりに出てしまうもの。というような。
肝心なことは、どんな時も自分が積んでいるエンジンを見失わないことなのかな。

今日(録りためていた)BS世界ドキュメンタリーのヒトラーシリーズを観て、なんとなくそう思った。
人間の行動というのは、純粋に個人の主体性から生まれるものと、集団の中の社会性から生まれるものとがあるようだ。個人としては決してやってはいけないと解っているのに、集団の中ではやらなければならない、または普通にやってしまうということが起きてしまう。しかもその集団へは自ら望んで入ったのだ。逆らうと命さえ落としてしまうという危険を、束縛を、恐怖を予感していながら、人々は熱狂的に独裁者を選び、迎え入れたのだ。世界恐慌という時代背景も手伝って、人々の中に安定や安心を求める、集団への帰属意識が強くなっていたのは間違いないだろう。それにしても人間というのは自ら自由を捨ててまで集団に属していたいという欲求があるという事実に驚かされた。ナチスドイツ時代の歴史がそれを証明している。
その根本は、調子のいい時もどん底の時も、他に出来ることはないのだろうかと、何かしら行動の礎となるものを希求する欲を、我々人類が生まれながらにして持っている、というところにあるのではないか。動き出すことは決して悪いことではないとして、何が原動力で動き出したのか、どんなエンジンで走っているのか、いついかなる時もそこを見失わないでいることが大事なのではないか。そしてどんなエンジンの時も冷静にいつも通り運転をすること、ヤケになって暴走しないこと、それがとても重要なことのように思われた。

って、今日もたっぷり時間があったんです。はい、すみません。そんなに忙しい一日ではありませんでした。あ、いや、暇でした。他に出来ることはないか探してみます(笑)。